「約束だよ」
「うん、約束」
幼い手のひらが二つ、重なり合って揺れてから名残惜しそうに離れた。
色素の薄い長めの髪が風に揺れる。春の風は急かすように僕らの背中を押した。
一歩一歩、ひよこ頭が歩を踏み出す。僕は唇を噛んで地面を見つめていた。
足音がしなくなって影が見えなくなってから、僕は泣いた。子供らしくない、低い声で唸るように泣いた。
そう、もう十年以上前のことだ。
「ねえ、あの転入生、瑞穂くんの知り合いなの?」
クラスの女子たちが好奇の目で探るように覗き込む。そこで僕はふと我に帰った。
「ああ、幼馴染なんだ」
できるだけ挙動不審にならないように、声を低くして答える。女子たちがもっと突っ込んで質問してきそうだったからそれを遮って立ち上がる。
「ごめん、用事あるから」
夕焼けの教室を後にして帰路につこうとする。早く、早く帰らなきゃ。あの子が僕に声をかける前に……。
幸いなことに、あの子ーー今日転入生してきた僕の幼馴染は手続きのために職員室に呼ばれていた。僕は後ろめたい思いで学校を後にする。
「約束だからね」
あの声がフラッシュバックする。
ああ、なんで君は帰ってきたんだ。あんな約束、とっくに打ち捨てればよかったのに。
僕は君との約束を守れない。君と友達にはもう戻れないんだ。
君が思い描いている昔の僕はもう僕じゃないんだ。大人になったんだよ。汚くなったんだよ、僕は。
昔の面影が残る君の金髪に近い明るい髪を見ると胸が痛くなる。
悪いこともしてきた僕にそんな無垢な瞳を向けないで欲しい。
だってーー初恋だったんだ。
僕の繊細で弱い心は変わった僕を見せるのも、変わった君を見るのも拒む。僕が変わってしまったということは、君も変わってしまったということ。
思い出は綺麗であってほしいから。
僕の心の大事な箱にしまっておきたいから。
「ねえ、約束だよ。絶対帰ってくるから、だから帰ってきたら一番近い場所にいさせて。また友達でいて」
思い出がこだまする。
でも、僕は弱虫で情けないから、思い出の方を大事にする。だって、思い出の方が確実だから。不安な未来よりも確定してるから。
だから、僕は逃げる。
君の影から逃げる。これ以上君を傷つけないようにするから。明日からはきちんと君に向き合ってちゃんとおはようって挨拶するから。
だから、今日は逃げさせて。過去と現在が入り混じったぐちゃぐちゃな思いを整理させて。
でも、これだけは本当なんだ。
君が、
好きなんだ。
NLでも、BLでもどちらでも読める仕様となっています。ツイッターに以前投稿したリハビリ小説です。
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