空と海と少しの大地

それは蝉時雨の音が濃くなる夕方だった。
僕はあまりの暑さに被っていたつば付きの帽子を脱いで軽く顔の前で扇いでいた。
夏だーー縁側に座り、たらいに水を張り足を入れる。ぬるくなった水だけど足をぬるぬると動かすと少し冷たくなる。
「いい一日が終わる」なんて感傷的なったふりしてカッコつける自分は本当は嫌いじゃない。
日が暮れ始めて自分の影が伸び出した。
「あー」
僕はやっぱり、と少し複雑な気持ちで後ろを見た。
伸びた影は二つになっている。
「今日も来たのか」
その影に問いかけると、影は黙って頷いた。
「海にいこうかと誘うつもりだった」
後ろの影の男は少しバツが悪そうに口元をゆがめた。
あーあ、いい男が台無しだ。ザマアミロ。
「お前が行くなら海へは当分行かない」
「いい加減、機嫌直せよ」
「機嫌の問題じゃない」
「なにが、悪かった?」
ワザとらしくキョトンとした顔をする彼を見て、どうしようもない怒りが湧いてくる。
大した理由で彼を避けていたわけではなかった。でも、些細な日常に亀裂が入るくらい、彼の取った行動は許せなかった。
なんで……黙ってたんだ。
なんでも話せる間柄が、親友だと思ってた。もちろん、大人になるにつれてそんな青臭い考えなんて一笑に付されるのだろうけど、でも、僕は知りたかった。
「あのね、」
彼が少し怒ったような表情をして言葉を紡いだ。
「なんでも言い合える仲が、全てじゃない。言えない事情だって、言えない時期だってある。
早まって大事な人たちを失うのは怖い。お前には、わかんないかもしれないけどな」
なんなんだ、コイツ。言わせておけば。
大事な人を無くすのなんて、僕だって怖いに決まってる。
「お前だけが、悲劇のヒーロー気取りかよ!言わなかった挙句、他人から言いたいことバラされるのは最悪って今回でわかっただろ?
他のやつからなんで、聞かされなきゃなんないんだよ!」
「……ごめん」
「いつ、引っ越すんだよ」
「来月の頭」
「こんなに綺麗な海のある所、もう住めないぞ」
「うん」
「一緒に卒業すると思ってた」
「うん」
「カナダって……遠いよ」
「うん」
地平線すれすれの夕日が揺れている。彼が僕の横に座る気配がした。
「でもさ、俺は忘れないよ。
この島も、この島のみんなも、お前も」
「当たり前だ!忘れたらお前のこと忘れてやるからな」
「うん、それは困るから、忘れない」
とりとめのない会話が続く。
僕は、本当は怒ってたんじゃない。彼が遠くに行くのが寂しかったんだ。
「海に行ってやる」
ポツリと呟いた声は意外と響いて心臓に悪い。
「ーー明日」
そう言って拳を上げる。
「明日」
彼の拳が僕の拳を叩く。約束は交わされた。
空と海と少しの大地。
きらめく波しぶきにおばあちゃんのサーターアンダギー。
僕は今が青春なのだと、洛陽を反射する水面を見つめながら自分自身に言い聞かせた。


夏の終わり、海に映る赤と紫の夕焼け雲を背にサーターアンダギーを食べながら……なんて夢想して書いた短文です。BLちっくなのは趣味です、お許しください笑
周りの環境に左右される年頃は、素直に別れを伝えられなくて……。
甘酸っぱさを感じていただけたら幸いです。

雪月花

オリジナル小説をメインに絵も投稿していきます。BLあり。

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